2016年11月27日日曜日

新・三車火宅の喩え

背中に怪しいオーラを出している女がいた。

振り向いたらやっぱり目と鼻がない。

のっぺらぼうの口裂け女だ。

しかし見た目で人を判断することは間違っている。

私はその場に留まり様子を見ることにした。

すると素手で飛んでいるスズメを捕らえた。

まさか殺すのでは?案の定、風にのって血の匂いがしてきた。

しかし焼き鳥屋さんと言う可能性も捨てきれない。

女がスズメを投げ棄てた。焼き鳥屋さんではない。

女が近づいてきた。いつの間にか手にピストルを持っている。

撃ってきた。よける。また撃ってきた。

よける。意外とよけれる。

飛んでくる弾を避けながら私は後悔していた。

悪い芽を悪い芽として摘んできた結果、もはや誰にも救えない悪種が生まれてくるようになったのだ。

悪種は今世紀なって加速度的に増殖している。

悪い芽を悪いままに摘んでしまうと次に生まれ変わってきたとき世界を恨んだまま生まれてくる。怨念に取り憑かれた魂は更に罪を重ねながら闇へ闇へと沈んでゆく。

今ならわかる。悪い事をした者に改心の機会を与えず殺してしまってはいけなかったのだ。それどころか我々は、何も悪い事をしていない人々を見棄て、見殺しにしてきたのだ。世代を超えて罪を重ね、とうとうここは地獄の一丁目。
p
引き返すならタクシー(3ナンバー)呼ぶけど どう乗ってく?

0 件のコメント:

コメントを投稿